好きなアニメは学園戦記ムリョウ(2)
なのである
「なのである」始まりとはなんぞと思うかもしれないけれど、ともかくとして、まあ、大好きなのである。学園戦記ムリョウが。中学生の頃から見て以来、自分の人生観と世界観と世間観が変わるほどの影響を受けてしまってからというもの、ずっとこの作品のファンである。
学園戦記ムリョウは素晴らしい。どこが素晴らしいかというのを事細かく挙げるといろんな要素が挙がってしまうのだが、分かりやすく言って「日常系とSFの融合」の先駆である。日常系とSFを混ぜるという手法は最近でもちょいちょいと目立つモノになっている。断言できるが、それの先駆はこれである。
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――と、まあ、前回、このように学園戦記ムリョウの魅力について語ったわけなのだが、
今回も前回に引き続いて、この「学園戦記ムリョウ」の魅力について語っていきたいと思う。学園戦記ムリョウの魅力、その二。
これはなんといっても、独特な作品の雰囲気であろう。学園戦記ムリョウの作風、作品の雰囲気を説明するのは、非常に難しい。日常系×SFという説明を前回したが、この日常系とSFのバランスが、本当に独特なのである。
まず、作品として土台にNHK少年ドラマシリーズがオマージュされているということには、触れねばなるまい。つまり、SFといっても、そういう”ハードではないSF”が土台としてある。が、同時に前回も書いたが、2001年宇宙の旅っぽい場面もあったりして、ハードSF的な要素も入れてないわけではなかったりする。しかも、その上、作品全体は日常系のテイストで描かれている。
もうこの段階で、大抵の人は説明を聞かなくなるだろう。どう考えても、少し不思議系のSFとハード系のSFと日常系がくっついている、とは、矛盾しすぎてて、まったくどういう作品なのかよく分からないからだ。
しかも、日常系といったが、実は普通の日常系とは学園戦記ムリョウは一線を画すとこがある。それは、学園戦記ムリョウでは、日常の中で、登場人物がみな目覚ましい成長を遂げるということだ。これは日常系の作品ではあまり見られない現象だ。
だが、作品自体は、日常系っぽいのである。
学園戦記ムリョウの舞台は夏であるので、人によってはサマーウォーズを思い浮かべる人もいるかもしれない。個人的には、キリンジの曲で「夏の光」という曲があるが、
これなんか、聞くたびに「学園戦記ムリョウって、こんな感じもする作品だよな」と思ってしまう。
光を集めたなら
雲を裂いて飛べ
今、夏を生きているんだ。
あぁ、これってまさに学園戦記ムリョウそのものだ。
そういう作品なのである。
キリンジの夏の光みたいな、夏が描かれていて、日常系からちょっと外れた日常系で、少し不思議とハードSFがブレンドされて、それが一つに常にまとまって画面に出てくるような作品なのである。
例えば、主人公の村田始が「宇宙を抜けるとそこは目玉焼きだった」なんて言う場面があるが、そんな作品なのである。星の儀式を受けた村田始が、星の儀式を受けた感覚を「夏の暑い日に冷たい廊下にべたーって腹ばいになった感じがしました」なんてことを言ったりするが、そんな作品なのである。「宇宙人も一緒に盆踊り」なんてことも言うが、そんな作品なのである。
世の中の大きな出来事と、自分の身の回りの小さな出来事が、回りまわって繋がっている感覚の中で、日常を過ごしていく。日常で成長していく。そんな不思議なアニメなのだ。