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東杜来のブログです。月に1,2回の更新。

掌編:砂遊び

 雑草の味を噛んでみるのは、一つの実験だった時期もあったと思う。一つの草は酸っぱくて、一つは苦いのだ。そういう時期があったと思う。今にしてみると、どれも無味な上に、なんだか食べられたものではないのだけれども。あの日、僕らはなにかを発見したかのように、それをやりたかったのだ。そうすることが、それとなく、憧れへの物真似だった気がして、しかし、今になってみるとなんでアレを物真似と思えたのかは全く分からない。ただ、琴線に触れるものがあったのだ。

掌編:月の真似をして

 月の真似をして、水面に映るつもりだった。

 月の真似をして、輝くつもりだった。

 月の真似をして、夜中にいるつもりだった。

 月の真似をして、寡黙でいた。

 月の真似をして、ただ存在していた。

 月の真似をして、白くあるつもりだった。

 月の真似をして、カメラには小さく写った。

 月の真似をして、朝には沈むつもりだった。

 月の真似をして、ときおり、青空に浮かぶつもりだった。

 月の真似をして、いない。

 月の真似をして、いるとは言い訳くさい。

 月の真似をして、いるのは難しい。

 月の真似をして、いるつもりなのだろう。

 月の真似をして、いるそちらもまた。

 月の真似をして、いるのは言い訳だ。

 でも、月の真似をして。

掌編:眠気

 ふああああああ……ああ……うううううううん……ああ……うーん……うーぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅん……よしっ……よしっ……やろう、やんないとな、やらないとマズイんだよな、うん……頑張って……頑張って……くわああああああああああ……ふぅ……うーん……はぁ……アメないかな……アメ……アメ……ないな……ないかぁ……ん、んんっ……んん、んんーーーっ……ふぅ……歯磨きしてないや……まったく……まったく…………まったくぅ…………うお……いけない、いけない、書かないとな……書かないと……書かないとぉ……………………ぅ………………………………。

掌編:天使の性別

 たまに、心の中で少女が疼く。僕は男だというのに、そして、性同一性障害のようなものを持っているわけでもないのに、なぜか、ふと、少女が芽生える。街を歩いていると、女性を目で追う時がある。性的な対象として見たためではない。憧れを持って見たためだ。彼女の服は、洒落た色使いがなされていて、スカートが格好良かった。かわいいのではなく、格好良かった。そのためについ、目で追ったのだ。
 幼い記憶を思い起こしてみる。自分は、同い年の女の子に、弟のように扱われていた。背が低いこと、当時は人形のような容姿であったことが作用して、女の子にとっては、この上なく、弟として扱いたかった存在だったのだろう。そして、案の定、僕は弟としていつも扱われていた。だが、思い返すと僕自体は、弟というより妹のつもりで居たような気がする。当時の僕に、自らの性別がどうのなんて意識はない。
 少し時は後になるが、初めて小学校に通う前、母親がランドセルを買おうとしているところ、横で、赤のランドセルがほしいとねだったこともあった。性別の意識なんてそんなものだ。女性として生まれるのではなく、女性になるのである、とは誰の言葉だったか。実存的な言葉だ。
 間違ってはいない。確かに僕らは、そのとき天使の性別を持っていて、あとで男になっているだけだ。だから、きっと、あのときの僕は本当に妹であったのだろう。そして、天使のときに得たそれは、未だに、ふと僕の中から飛び出すのだ。

掌編:対話3

「最近、ココアにハマってるんだよね」
「なにこれ、苦いんだけど」
「それは純ココアだから仕方ないよ。砂糖を混ぜてゆっくり練って、自分好みの味に仕上げて牛乳で解いて飲むものだからね。自分好みにできるあたりが、僕のお気に入りなんだよね。とても美味しいんだ」
「自分好みにしてるんだから、当然だよね」
「まあね」
「と言いつつ、ココアを差し出すあたりが鬼畜の所業」
「いいから飲みなさい」
「へいへい」
「一口飲んでみたら、世界が変わるから飲んでみるといいんだよ。このココアはちょい酸味が強めなやつでね。苦味が強めのものもあるんだけど、僕としてはこちらのほうがお気に入りだね。砂糖で甘ーく味付けしてみると、この酸味がアクセントとしてよく利いてくれ」
「世界が変わった!」
「突然、どうしたの?」
「飲んでみたのよ」
「だからって、叫ばなくても」
「さっき自分で世界が変わるって言ったくせに? 言ったくせに、人が言うと引くパターン? それ、どんな罠なの? ねぇ、どんな会話の罠なの?」
「だって、叫ぶのはさすがに引くって」
「世界が変わった!」
「……まあ、それはそうとして、そのコップ僕のやつだから、飲み終わったらちゃんと洗ってね」
「え、私、あんたと間接キス?」
「そんなこと気にする年齢?」
「思春期は、10年前に過ぎました」
「じゃあ、いいじゃん」
「世界が変わった!」
「世界が変わった!」

掌編:運ばれる人

 冷たい……ソーダ水なのだから当たり前だ……氷……入っているので、なおのことだ……手が痛い……触れすぎていればそうなる……頭痛……ちょっと急いで飲み過ぎたからだ……爪が……ちょっとだけ紫めいている気がする……そんなに触っているから、氷がだいぶ溶けている……薄い……味が薄くて困っている……当然……コップを握りしめすぎていたせいだから……遠い……ちょっとストロー長さが長くて、コップに遠い……眩しい……ここの店は日差しが当たりすぎている……生きた……いや、死んだ……いやいや、運ばれた……それで、私はどこへ行くの。

掌編:わぁ

 あまりにも実体がなさすぎるとはどうしたものか。それでいて、大した意味も存在していない(――実体のなさと相関しない形で、物事の重要性が担保されていることも十分ありえるわけで)のだから、実にどうでもいい話をしていると言えた。そのため、こちらが飽きるまでに(――あくび)、そっちは、こちらが(――あくび)納得しないまでも聞いていられるくらいの速さで、全てを語らないといけないのだから、残酷というものだ(――あくび)。いや、実に残酷だ(――あくび)。