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東杜来のブログです。月に1,2回の更新。

掌編:彼女と僕の終着

 六十九階でも構わない。僕らの先は、既にそこに決まっているなら、もう進むしかないだろう、と、彼女は冷淡に言った。「痒いのだ」という、羨ましくも、妬ましくも、うっとおしくもあってだから痒いと、よく爪を立てて、肌を撫でていた。慰め合いも、励まし合いも、傷の舐め合いも、全てが痒くて仕方なかった、と彼女は吐露したことがあった。

 憎んでいるわけではない。ただ、痒くて痒くて、そこには居られないのだ。勝手に生きるならば生きてくれればいい、と、ボヤくこともあった。それは彼女の本音なんだろうと僕は思う。

 今日はちょっと動きすぎたな、と僕は呟いた。あんまり、普段動いてないもんだから、急にこんなに動きまわると体のあちこちが言うこと効かなくなるや。僕は、ダメだなぁ。もうちょっと、もっと、頑張っておけばよかったよ。先に。

 彼女が目深に被っている帽子を持ち上げて、僕を見た。いつもどおりの鋭い瞳だった。十分じゃないの、別に。これくらい動ければ、と彼女は言う。僕を励ますつもりなんだろうか。あれ、僕を励ましてくれるの、と訊くと、バカじゃないのと返ってきたので安心した。いつもどおりだ。これなら、六十九階でも構わないな。いつもどおりじゃないと、少し不安だった。

 彼女がうずくまる僕の背中に、自分の背中をくっつける。

 温かいなぁと感じた。

 口から赤を吐く。彼女が僕の異変に気づいて、肩を押さえる。僕を揺らす。もうすぐ、六十九階、地下六十九階だ。だんだんと近づいていく。だんだんと遠ざかっていく。どこから? ああ、知ってる。あそこだ。目的地が見える。いや、見えなくなっている。目が見えない。音しか聞こえない。六十九階、六十九階がもうすぐ。

 彼女がエレベーターの中で、耐え切れないように息を漏らした。僕は嬉しいなと思った。