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東杜来のブログです。月に1,2回の更新。

掌編:松阪牛背中男

 薄暗闇から男がぬぅっと現れた。出で立ちを言えば、中折れ帽にコート、常に濁った瞳で鋭くあたりを見回し、皮肉の上手そうな口が、得意気に折れ曲がっている。葉巻を咥えて、吸う。香りを噛んで、ゆっくりと舌を回す。口から零れた、白い煙は亡霊のように空気へと消えていく。

 ところ変わって、薄汚いヤクザの事務所。

 焦りを見せているのは、宝石のあしらわれた指を、せわしなく蠢かせている、巨漢だ。

 ダブルのスーツ。釦は今にも銃弾のように跳ね跳んでしまいそうだ。

「お前、何をしてくれたんだ」

 机を靴でドンと叩き割って、巨漢は床に土下座する三下を、驚かせた。

「ひぃっ…すんません。すんません。そんなつもりじゃなかったんです。ちょっと、弱そうな老人を脅すつもりで。なんの変哲もない爺さんだと思ったもんでして」

「言い訳はいい。ともかくとして、お前が奪った爺さんは、ただの爺さんじゃないんだ。不味いぞ。これはあいつらに、ウチを荒らす口実与えたようなもんなんだ。お前、それ分かっていってるのか」

「分かってます。分かってます」

「分かってるなら、責任取れ。こんな事態にした責任を取って……」

 ガツガツと、激しい音で靴を鳴らす。喋っている途中だったが、突然思い立ったように、巨漢は三下を蹴り飛ばす。顎から蹴り飛ばされた彼は、その、くるりとアーチを描いて、回転し、元の土下座した姿に戻った。

 もう一度、ぺこぺこ頭を下げる。

「分かってます。分かってます。本当に。本当に。本当にすみませんでした」

「すまないなら、責任を取れって言って……」

 また、途中で言葉を切って、叩き割れた机をもう一度叩き割った。

 これで四分に割れた。

「責任責任責任責任月火水木金土責任」

 巨漢が言う。

「肉饅くん。こういう場合、組織の親球というのは、責任の所在よりも、先に問題の解決を先に済ませるものだよ。親玉ならね」

 事務所に響く声に巨漢、肉饅は驚く。

「その声は」

「最も、その程度の器の親玉だからこそ、その程度のチンピラを雇ったとも言える。似たもの同士というやつだね。ま、結論から言えば、自業自得だよ。責任を問うならば、お門違いというやつだ」

「貴様ぁ」

 肉饅は苦々しく、その名を呟いた。

松阪牛背中男」

「いかにも、松阪牛背中男――もとい、焼き飯蓮華刑事だ。さあ、組長・肉饅及び、つみれ汁組の組員たち。皆、おとなしく、手首にワッパを通してもらおうか」

 松阪牛背中男――もとい、焼き飯蓮華刑事の活躍はいかに。

 とりあえず、僕は鍋が食いたい。